ジリリリリ〜。朝。う〜もうちょっと。・・・ん? ふと時計を見ると7:00。なっなに〜!!寝坊したぁ!今日はYさんとオアハカに行く約束をしていた。しかも8:00の長距離バスを予約している。荷物は昨日の内にまとめていたのでよっかったが、あわてて出発することとなった。このときすでに心の余裕をなくしていた。それが後の災いの元となったことは言うまでもない。
バスターミナルまでは少し距離がある。メトロ(地下鉄)に乗ろうとホームに着いたが、人がめちゃめちゃいる。時間が無いため満員電車であるにも関わらず乗り込んでしまった。それが間違いであった。乗り込んだとたん人に後ろから押され、バックパックは上に持ち上げられた。周りは人で埋め尽くされ身動きができる状態ではない。・・・やばい!そう直感し、すぐ次の駅で降りた。だが時はすでに遅かった。後ろのズボンのポケットに入れてあった財布がない。・・・さいふがない。
!!!さっ財布が無ぁ〜い!
チェーンでしっかりと体に密着していたはずの財布がないのだ。ただそのチェーンだけがズボンからぶらりと垂れているだけだった。
ガ〜ン!煤i ̄□ ̄;)!!その中には、現金約283ドル、600ペソ、2万円が入っていた。日本円に換算すると約6万円。今回の旅費の3分の2が持っていかれた。普段はその財布には、そんなにもお金を入れていなかったが、その日は、途中でドルをペソに替えようとしていたので、表の財布に移し変えていたんだ。一気に金欠になってしまった。バスに乗る前に警察に掛け合ってみたものの、「よくあることさぁ」といって笑い飛ばされるだけだった。時間も無いのでその場を後にしてバスターミナルに向かった。
8:00過ぎに到着。ちょうど予約していたバスが出発するところであった。あぶなかったぁ〜。これに間に合わなかったら洒落にもなんない。さらなる災難になるところであった。はぁ〜あ。どうしよう。 オアハカに向かうバスの中、残りのお金を計算していた。残り約3万円。 ・・・お土産は買えないなぁ〜。 そんな僕に同情してか、一緒に行動していたYさんが、僕に3000ペソを貸してくれることを約束してくれた。(数日後、本当に貸していただいた。)その親切さが少し気を楽にしてくれた。 ・・・まぁそういうこともあるさ。メキシコ人に募金してやったんだ。 と、思うことにした。 ・・・・バスは、断崖絶壁の脇を通っていく。大丈夫かや。
その日の午後2時、約6時間の道のりを得てオアハカに到着した。とりあえず宿を探そうと言うことで、中心街へ。 しかし。ひたすら歩いても中心街に着かず。 地図の通りに行っているはずなのになぁ???何ゆえ?もしかしてすでに無くなったとか!んなわけあるか。 とそんなことを思いつつ、さすがに不安になったので近くのお店で場所を尋ねた。そしたらまったく別のところを歩いていたらしい。方向音痴になってました。がっくしとしていると、店のおばちゃんが、宿まで連れて行ってあげるよと言うので、お言葉に甘えて、そうさせていただきました。 いろいろなバラ〜トぉ(格安)なお宿がいっぱいあって迷ってしまったが、気さくな女将さんのいるユースホステルにすることにした。
宿で一息ついて、まだ時間があるので街を徘徊することに。まずはオアハカ文化歴史博物館を訪問。そこは、植民地期の教会をそのまま博物館にしており、サポテカ期(B.C1200)〜現代までの民族関係の物を展示してあった。ここを堪能すること2時間。その後、まだ昔の面影を残す並木道を歩く。ここオアハカの町並みは、まだ多くのコロニアル時代(植民地期)の建物が多く残っていた。しかもまだ建造物として使われ、ホテルや公共施設となっている。現代社会における機械文明の波が押し寄せる中、まだそこには古の時代が残っている。それこそが町並み保存のあるべき姿ではないだろうか。と感じずにはいられなかった。過去の文化を尊重し、大切にし、その中で街を築いていく。それこそが本当の町並み保存となるのでないだろうか。
6時ごろ再び、宿に戻ってきた。一息ついていると、日本人の方2名が訪れてきた。プエブラでボランティアをしていて、それが終わって日本に帰る前にメキシコの各地をまわっているそうな。いろいろなところに日本人もいるんだなと改めて思った。
ふぅ〜今日はいろんなことがあったな。ちょっと最悪な目にあったけど、いいこともあった。それでいいか。人生ってそんなもんだろ。 雷がとどろく中、電気もつかない冷水シャワーを浴びていた。
そんなもんだろ。・・・